マイケル・ウェブ・シニアのホームページへようこそ。私は軍隊に所属していた間、機械や工具の研究開発から電話やケーブルまで取り扱っていまし年にキュービジネスを趣味で始め、ロードアイランド州のプロビデンスでトーナメントが開催されているある時にPFD
Cuesのポール・ドレクスラー氏に会うことができました。
彼の仕事を見るのは大変魅力的でした。その感動が私を仕事に執心させる何かであり、それは今日いまだ続いています。そしてあの時見た以上にもっと知りたいと感じるようになったのでした。私は彼の一言一句を注意して聞き、彼の一挙手一投足を観察しました。その時心の中で何か引っ掛かったのです。”これが私のするべき何かだ”と、、、
私はウィラードティップマシーンを購入しハウスキューからカスタムキューのティップ交換を始め、旋盤等機材への投資の為にお金を貯めました。お金が十分に貯まるまでには1年を要しました。私は家族の生活費を持ち出したくありませんでしたし、キューを直すことによってお金を稼ぎたかったからです。そしてようやく私は旋盤を購入したのでした。それから今まで以上に執心するようになり、値段の安いキューを買い始めました。それを先ヅノ(フェロー)、ジョイント、バットの前部分、ポイント、グリップ部、バットエンドまで一つ一つの部品に分解しました。私はただキューがどのように一体化しているか見分けなければなりませんでした。時にはゴミ同然の壊れたキューでさえ修理しようと試みた事もあります。
その後私はとあるツアートーナメントからキューリペアを請負始めるようになり、修理した数だけいかに沢山の種類のキューが存在しているか驚きました。私は心をオープンにしてそれらを観察し修理しました。そして現在いまだそうなのです。いつもお客様に”どのようにしたら良いでしょうか?”と尋ね、要望に最大限お応えしています。
数年後私はサムサラキューのジムとデイヴに会いました。彼らの作品は注目に値するもので、彼らと過ごした時間は十分に幸福でした。ポール・ドレクスラー氏は友人としてもキュー職人としても真に最高の人物です。1994年に私が自分のキューを制作し始めましたが、自分の欲するスタイル、独自の打球感、シャフトのテーパーに至るまで2年間も協力してくれました。太いバット、細いバット等お客様のニーズに合わせた物、それは長さ太さはもちろんジョイント、先ヅノ、果てはティップに至まで全てに答えることができるようにです。
この場を借りて私のキュー制作の知識をより広げるために協力してくれた以下の友人に感謝します。
マイク・ランブロス、クリス・ハイタワー、ジョー・ポーパー、
PRATHERS、レオナルド・ブラッドワースそしてスキップ・タスカー
私の使命であり主張は
"QUALITY IS NO ACCIDENT"
その定義として
可能なかぎり最高の製品を生み出す努力、いつもお客様とキューの性能を心に留めておくこと。
私の制作するすべてのキューを私の娘ジェイミーと息子マイケルに捧げます。家族のサポート無しではこれまでのことはできなかったでしょう。
ありがとうございました
Michael Webb Sr.
マイケル・ウェブ・シニア